本文書は、産業界からの反発による緩和リスクにさらされている「 EU の炭素国境調整措置(EU CBAM)」への介入と対話を行うため、投資家向けリソースとして作成された。また、本文書はCBAMを後押したい企業やその他の関係者も活用できる。
本文書では、輸入品にEUの炭素価格を適用する国境税であるEUの炭素国境調整措置(EU CBAM)に対する、企業の関与・働きかけについて取り上げる。2023年10月に移行期間に突入したEU CBAMは、アジアの鉄鋼メーカーの反対の影響を受けて緩和リスクにさらされている。本文書では、日本の鉄鋼業界(日本製鉄、JFEスチール、日本鉄鋼連盟)および韓国の鉄鋼業界(POSCO、現代製鉄、韓国鉄鋼協会)が関与・働きかけを行っている証拠を示す。
EU CBAMのさらなる詳細については、InfluenceMapの欧州プラットフォームで確認ができる。
本分析は、鉄鋼業界の見解や声明を、科学的分析に基づく政策(Science Based Policy: SBP)をベースとした基準と比較して行う。このSBPは、地球の気温上昇を2℃より十分低い温度に抑え、上昇幅を1.5℃に近づけるというパリ協定の目標を達成するために、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が明確に示している政策を指している。ここには、InfluenceMapの分析でSBPのベンチマークとして使用される特定の技術と政策レベルの知見が含まれる。さらなる詳細については、InfluenceMapの方法論を参照されたい。
EUの炭素国境調整措置(EU CBAM)は、2023年4月に欧州委員会で承認された。その主な目的は、EU排出量取引制度(EU ETS)の対象となるEUの産業が、炭素価格の低い国からの輸入品によって脅かされることのないように、EU製品と輸入品の炭素価格を均一化することにある。欧州委員会は、CBAMは世界貿易機関(WTO)のガイドラインと整合すると述べている。
EU CBAMが最初に適用されるのは、以下の輸入品である:鉄鋼、セメント、アルミニウム、肥料、電力、水素。
2023年10月1日~2025年12月31日: EU CBAMの試験的な移行期間である。この段階は、ステークホルダーにとっての学習期間となり、これに基づき欧州委員会は2026年からの本格実施期間に向けてCBAMの方法論を改良する。CBAMの適用範囲を決定し、2030年までに現在EU ETSの対象となっているすべての製品を含めるよう、包括的な見直しが行われる。
▪ 2020年3月4日: 欧州委員会による最初の炭素国境税の提案。
▪ 2021年7月14日: 欧州委員会が「Fit for 55」パッケージの一環としてCBAM規則の提案。
▪ 2023年4月18日: 欧州議会がEU CBAMの創設を承認。
▪ 2023年10月1日: EU CBAMの移行期間の開始。
▪ 2024年1月31日: EUの輸入業者からの最初の報告期限。
▪ 2026年1月1日: EU CBAMの恒久的な制度の始動。これにより、EU ETSのカーボンリーケージ防止措置を代替し、EUの輸入業者に金銭的な責任を課すようになる。
▪ 2026~2034年: EU ETSにおける排出枠の無償割当の段階的廃止と並行したEU CBAMの段階的導入。
欧州委員会の税制・関税同盟総局長は、EU CBAMについて対話するため2023年11月に日本と韓国を訪問し、緊密な協議を継続してこの地域の企業や政策立案者の意見を反映することを公約した。
日本と韓国の鉄鋼メーカーは、EU CBAMの現在の野心の高さに反対するだけでなく、それぞれの国におけるカーボンプライシング(炭素価格)政策を緩和させるような主張を行ってきた。国内炭素価格の引き下げは、現行規則の下でのCBAMに対する日本と韓国の産業界の反発と矛盾することになる。現ルール下では、製品の生産中にEU加盟国と同等の炭素価格が支払われた場合にはEUの輸入業者に適用免除を認めるというものである。国内のカーボンプライシング政策と企業の関与・働きかけに関するさらなる詳細は、InfluenceMapの日本と韓国のプラットフォームで参照されたい。
日本と韓国の鉄鋼メーカー更なる主張は、企業がEU CBAMの要件を満たすのに役立つカーボンニュートラル製品の開発促進を目指す他の国内気候変動政策を脅かすものと見受けられる。InfluenceMapのアジア鉄鋼セクターの気候変動政策関与に関するスコアカードで、さらなる詳細を参照されたい。
アジアの鉄鋼メーカーは、早くも2021年からEU CBAMに積極的に関与・働きかけを行ってきた。2022~2024年の間に確認されたエビデンスは、移行期間中に政策を緩和、あるいは導入を反対するために、鉄鋼業界が関与・働きかけ続けていたを示唆している。日本と韓国の鉄鋼業界はいずれも、EU CBAMに関して欧州委員会およびWTOに直接的な関与を行う一方、CBAMに関する懸念を自国内の政策立案者にも伝えている。
▪ 2024年1月:日刊鉄鋼新聞によると、経済産業省の金属課金属技術室長が出席した会議で、日本鉄鋼連盟はへの懸念を表明した。
▪ 2023年11月:EU CBAMに関するセミナーに、欧州委員会、経産省、日本鉄鋼連盟の代表者らが出席した。同セミナーでのパネルディスカッションにおいて日本鉄鋼連盟は、EU CBAMの要件を「遵守することは不可能」だと述べ、支持しない姿勢を示した。また、移行期間中の罰則に反対しつつ、この政策に関しステークホルダーとのさらなる協調を求めた。
▪ 2023年10月:日本経済新聞の報道によると、JFEスチール代表取締役社長兼、日本鉄鋼連盟の北野嘉久会長はEU CBAMの「導入には反対だ」と述べた。
▪ 2023年9月:日本鉄鋼連盟と韓国鉄鋼協会はグリーンスチールに関するセミナーを非公開で共催し、日本の経産省および韓国の産業通商資源部も出席する中、世界の脱炭素政策動向やEU CBAMなどについて意見交換を行った。
▪ 2023年7月:日本鉄鋼連盟は欧州委員会に提出したコメントの中で、EU CBAMの移行期間中の報告義務を支持しないと述べた。韓国鉄鋼協会も同様に、欧州委員会に提出したコメントの中で、報告要件を支持していない。
▪ 2023年7月:韓国産業通商資源部のプレスリリースによると、現代製鉄と韓国鉄鋼協会は、EU CBAMに関して鉄鋼業界が抱える諸問題を明確化する産業通商資源部開催の会合に出席し、企業に負担をもたらし得る規定に懸念を表明した。
▪ 2023年6月:日刊工業新聞に掲載された声明の中で、JFEスチール代表取締役社長兼、日本鉄鋼連盟の北野嘉久会長は、EU CBAMのような「保護主義的かつ自国優先的な通商政策」をめぐる問題解決のため、「多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)」への日本政府の参加について、「非常に心強い」と期待感を示した。
▪ 2023年5月:WTO事務局長との貿易交渉で、POSCO副社長は、EU CBAMは「新たな貿易障壁として悪用」される可能性があり「WTO協定に基づくより積極的な解決策」が必要だと述べ、EU CBAMを支持しない姿勢を示した。
▪ 2023年3月:POSCOと欧州委員会の会合で、POSCOはCBAMが「差別的措置」となる懸念を表明した。
▪ 2022年4月:日本鉄鋼連盟は、EU CBAMの再構築と化学などのセクターの除外を主張する業界団体共同提言書に署名した。
日本と韓国の鉄鋼業界は、移行期間中のステークホルダーの対話の段階で、EU CBAMの野心度を低めるような主張を積極的に行っていることが見受けられる。一方で鉄鋼メーカーは、本社所在国において、企業の移行を支援する気候変動政策の強化を主張しているようには見受けられない。EU CBAMの方法論と対象範囲は移行期間の終了前に見直しが行われる予定であるため、さまざまなステークホルダーにはこうした取り組みにいち早く着手する機会がある。 InfluenceMapは、政策関与・働きかけの影響を均衡化させるため、ステークホルダーが考慮すべきレバレッジポイントを以下のように特定した。
▪ EU CBAMへの準備状況や、その政策への関与・働きかけ、およびこれが当該企業の総合的な気候戦略とどう整合するかについて、年次株主総会で質問する、あるいは企業との四半期ごとの会合を計画する。
▪ 日本と韓国で企業がカーボンプライシング政策に前向きに取り組むよう促す。日本では、早期の導入を支持することや、科学的分析に基づく政策(SBP)に沿った価格水準を後押しすることなどが挙げられる。韓国では、より野心的な韓国排出量取引制度(K-ETS)を支持することなどが挙げられる(K-ETSは現在、第4フェーズ(2026~2030年)に向けて韓国政府による見直しが進められている)。
▪ 日本と韓国の鉄鋼の供給先を含め、経済全体で他の企業がEU CBAMに前向きに取り組むよう促す。